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08 11
2005

音楽(トルコ)

Kizcocugu ~Zulfu Livaneli

会沢さんとこに書いてあったので、そうそう、っそうだったわと思って、探索の旅に出てきましたわよ。

「死んだ女の子」がトルコの詩人Nazım Hikmetの詩をもとにした歌だと知ったのは、ある日某新聞に載ったZülfü Livaneliのインタビューからでした。リヴァネリの名はその少し前に上映された「鉄の大地 銅の空」という映画の監督として知っていたのですが、その記事は「死んだ女の子」に関するもので、リヴァネリはその詩に曲をつけた人物として紹介されていたのでした。

わたしがかつて聴いたことがあったのは、リヴァネリの曲ではなく、たぶんここにあるものです(注意:開くと音楽が鳴ります)。
んで、今更だけどリヴァネリの曲どっかで聴けないかしら、と思ったら、アッサリ見つかりました。ここです。ずずずいっと下までスクロールすると、一番下にZulfu Livaneliの項があって、その2行目のいちばん左にあります。
うむ。日本語かトルコ語かという違いがあるにしても、こりゃリヴァネリのバージョンが圧倒的にいいなと私は思いました。
日本語バージョンは、まあ時代の好みというやつでしょうけど、言っちゃ悪いが「いかにも悲しい曲」という感じで、ちょいと押しつけがましい気がしなくもない。
んで、最近出た元ちとせバージョンは、一部試聴しただけなんだけど、ちとドラマチックすぎというか、激情に駆られすぎというか、死んじゃった7歳の女の子にしちゃナマナマしすぎ?という感がなくもなかったり。

やっぱりね、この詩、このリヴァネリの曲がいちばんあってると思うなあ。だって、姿の見えない死んだ女の子だもの。灰になって風に飛ばされちゃったんだもの。こういう、淡々とした中にたとえようのない悲しみ、やるせなさを抱えて今も風の中に漂ってるような静かな曲調が、じつはいちばん訴えるものが強い気がする。

間奏に入るJAPONなテイストを取り入れたっぽい音に、ちょっとウケてしまったけど。
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