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11 15
2009

アラビア語のお勉強

ところで「原理主義」て?

下のエントリーの続き。

#「カドラ」ってخضراء だから‎、خالد を「ハレド」と書く以上、
 ほんとうは統一して「ハドラ」って書きたいところだけど、まあいいや。


そもそもヤスミナ・カドラについては、名前をちらちら見かけた、という程度で、
へぇーイスラム圏の女性作家で邦訳が複数出てる人がいるんだーぐらいに思ってたけど、
福岡でこんなの↓ありまっせ、と友達に教えてもらい、

  講演会『昼が夜に負うもの』邦訳刊行記念-ヤスミナ・カドラを囲んで

ふーん福岡に来てくれるんだ、そいつぁ珍しい、と思いつつ↑のサイトを開けて、
本人の写真見てびっくり。おっさんやんけ

しかし著書の紹介をみてると、えらい面白そーなので、このごろの私にしてはめずらしく、
ちょっと一冊読んでみようかという気になり、『テロル』(藤本優子訳、早川書房)を買ってみた。

で、小難しいブンカクかと思っていたのに、意外にも、先が気になって止まらなくなり、
「うっ仕事の準備が…」とかつぶやきながらイッキ読み。
(おかげで翌日の仕事がかーなーり手抜きになったのは極秘である)
その勢いで講演会まで行ってしまったわけである。

ちなみに『テロル』、映画化される予定てことだけど。
…自爆妻役はヒアム・アッバスだな。間違いない。
(さすがにトシがいきすぎ?)

★★★★★

さて、読み終わってからふたたび講演会の案内ページを見てみて、
ちょっとひっかかったことがある。

  すでに早川書房より出版されている『カブールの燕たち』、『テロル』は、アフガニスタン、
  パレスチナを舞台に原理主義を重要なテーマを描いており、高い評価を受けています。


Wikipediaのヤスミナ・カドラの項をみても、同様の記述がある。
『カブールの燕たち』は読んでないからわからないが、『テロル』については、はたして「原理主義」がテーマだといえるだろうか。イスラエルにおける自爆テロ事件という極端な状況を描いてはいても、底にあるのはもっと普遍的なテーマではないかと思う。そして、あえてこの作品に関連して「原理主義」に言及するならば、描かれているのはむしろ「<原理主義>という誤解」だと思うけど。

妻が自爆テロの実行犯となり、主人公は妻の足跡を求め、テロを指導しているひとりと思われる人物に会う。妻を自爆テロをしでかすような原理主義者にしてしまうとは、いったい何を吹き込んだのか、と怒りをぶつける主人公に、その男はいう。

  イスラム原理主義者とは聖戦(ジハード)を貫徹する者を指す。イスラム教諸国の
  主権もその自治も認めない。原理主義者にとって、そのような国は属国でしかなく、
  カリフの出現と同時に崩壊する運命にある。原理主義者とは、インドネシアからモ
  ロッコまで広がる盤石な一個のイスラム国家(ウンマ)の誕生と、西洋のイスラムへ
  の改宗か従属、あるいは滅ぼすことを夢見るものだ。だが、我々は原理主義者では
  ない。我々は略奪され嘲弄された民の子どもとして、限られた手段を用いて祖国と
  尊厳を取り戻そうと戦う者にすぎない。それ以上でもなければそれ以下でもない。


これ以降、原理主義ということばは出てこない(と思う。確認してないけど)。
そして、妻の自爆が宗教的動機からではなかったことは、最後までちゃんと読めば書いてある。

映画『パラダイス・ナウ』も、自爆に向かうパレスチナの若者たちが主人公だったが、その背景として、この作品と同様の状況が描かれていた。
わたしはパレスチナの事情は直接には知らないけれど、いろいろと見たり聞いたり読んだりした限りでは、パレスチナにおいて、人々を暴力に駆り立てるのは、宗教ではない。宗教がその行為を正当化し後押しするという決定的役割をもつのは確かではあろうけれども、根本の動機はそれではないと思う。

そもそも、イスラム原理主義って何だろうか。
どうもこのことば、よく吟味されずに使われがちな気がする。

おそらく、『カブールの燕たち』がタリバーン支配下のできごと、
『テロル』がイスラエルにおける自爆テロを扱ってるということで、
その2つの共通項ってことで<原理主義>という言葉で括ってしまったのだろうけど。
モノゴトを安易に括り、わかりやすい名前をつけちゃうと、
そこから先へ理解が進まない、と思うのだな。
自爆テロとは妙な宗教でアタマおかしくなった人がやるもの、
とヒトビトが思い込み、それ以上の理解を持たないでいることは、
ドコゾのダレカにとって非常に都合のいいことであるように思えてならないし、
そんなことにわざわざ加担するような書き方には、
ちょびっと文句のひとつもたれてみたくもなるってぇもんで。

今年のアジア・フォーカス福岡映画祭でみた『ザクロとミルラ』の監督も、
「パレスチナで起こっているのは、宗教ではなく土地をめぐる紛争なのです。
そのことを忘れないでほしい」というようなことを言っていたな、そういえば。


★★★★★

もひとつ。
本に挟み込まれた「早川書房の最新刊」案内にこんなことが書いてあった。

 『テロル』
 あの優しかった妻が爆弾テロの主謀者?
 妊婦のふりをし、腹に爆弾を隠して死んでいった妻の真意は?
 夫のカリムは、真相の究明に独り乗り出すが…
 イスラム圏の影を描きだした出色の小説。


…あの、「カリム」って誰すか?自爆した妻の夫なら「アミーン」ですよ。
それに、「イスラム圏」ってどんだけ壮大な物語なんですか。
どこまでいってもイスラエルとパレスチナでの話どすえ。

読まずに書いたのがここまであからさまなのは初めて見たな。
売り手がテキトーなのはCDだけの話じゃないのね~~
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