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12 23
2007

音楽(トルコ)

ONNO TUNÇ Şarkıları

「ゴクセル」に怒り狂ったあまりすっかり飛んでしまってたけど、HMVに注文したのはそもそもこれ↓を手に入れるためであって、ゴクセルはついでだったのでありました。

onno1996年に飛行機事故で亡くなったOnno Tunçの追悼アルバムで、彼の手になる曲をオリジナルとは異なる歌手が歌っている。

で。結論から言うと、これは女王セゼン・アクスの独り勝ちでんな。


1曲目セゼン・アクスで、次に似たような傾向の歌手が出てくるまでの間にCeza、Mor ve Ötesiとぜんぜん毛色の違う2組を挟んで壁にしてあるあたり、制作サイドもそれを意識してたんじゃなかろか。わたしは女王様ファンではないし、オリジナルを知ってたのはぶっちゃけ「Şinanay」だけなんだけど、それでも、Onno Tunçの曲という、同じ素材を歌うとなると、力量の差がきっぱりはっきり表れてしまうような。単に「歌がうまい」という歌手ならいくらでもいるけど、独特の世界に引っ張り込む力みたいなのは、そう誰にでもあるわけではないし、その点やっぱ女王様は別格だと思う。


★★★★★

しかしまあ、その他大勢であるとはいっても、そこは名のある歌い手さんばかりですから、それぞれにいい味を出していると思います。

Ceza -Şinanay
うーむ。いちばん「違う人」として参加するからにはですな、しかもあの「死なない」をやるからにはですな、もうちょっとやらかしてくれることを熱く期待してたんだけど。なんというか、すごくありがちなデキですな。まあ「壁」としての役割は十分に果たしてると思うけどね。

mor ve ötesi -1945
これもあまりに期待しすぎたため「……(ガク)」って感じだ。
聴き慣れてくればそれなりに味わい深くはあるけれど、あくまで「企画としてのおもしろさ」にとどまると言いますか。どうもねえ、『1945』はOnnoさんの曲の中でもとりわけ「おんな歌」なのだ、という気がする。男性ヴォーカルで、かつロックの人がやるなら、Kargoが『Sen Ağlama』でやったみたいな思い切った改変が必要だったんじゃなかろうか。
個人的にはこういう曲こそŞebnem姐さんにやってもらいたかったな。

Nükhet Duru -Seninle
知らないヒトです。かなり古株の方だと思われます。しかしきっぱり好みではありません。
なんか、こういう、細かくビブラートがかかってる声って、ダメらしいわ私。

Emre Altuğ -Haydi Gel Benimle
デビュー盤以来聴いてなかったんだけど、声が低くかつイロっぽくなりましたねEmreくん。しかし曲のほうは、うん、まあ、フツーだね。特におもしろいとは思いません。

Sertab Erener -Sen Ağlama
実はこの曲はKargoの改変版でしか知らなかったので、最初これ聴いたとき「あれ?なんでこんな違う曲になってんの?!」とか思ってしまった。こっちが「正しい」版なわけですね。上に書いたとおり、Sertabみたいな細かくビブラートのかかった歌い方は好きじゃないので、これを聴いても株が上がったりはしないけど、この曲でJazzアレンジというのはなかなか粋だと思います。

Şebnem Ferah -Ünzile
純粋に好みの問題ではあるけど、独自の世界にひきこむパワーという点ではŞebnem姐さん、女王様の向こうを張れるなー、と、これを聴きつつ改めて思いました。わりとありがちなメロディーで特にどうということもないアレンジなだけに、ますます声の力が引き立っているように思います。若い頃は単にキンキンしたお嬢ちゃんだったけど、年をとるごとに凄みが増していくようで。いやほんと、バアさんになったときが楽しみな人です。
…けど、イントロのギターが「古賀政男かっ!」なのがどうもいけないなあ…

Aylin Aslım -Bir Çöcuk Sevdim
このアルバムにおける最大の収穫です。これはイイっす。Aylinちゃんのヴォーカルもさることながら、ここはアレンジ担当のHayko Cepkinくん(この人もOnnoさんと同じアルメニア系)を絶賛しておきたい。本人のアルバムも2枚でてるけど、とにかく怪奇趣味な人らしく、ここでもそのシュミを全開にしてますが、それがAylin Aslımのひんやりと冷めたヴォーカルと絶妙にかみ合っとります。こういう怪奇趣味って一歩まちがえると大変イタイことになるのだけど、曲ともすんなりなじんで抵抗無く聴けてしまうところが、本人達の才能でありましょう。

Levent Yüksel -Sultan Süleyman
うん。いかにもLevent Yükselだな。という感じで可もなく不可もなし。

Ajda Pekkan -Dokun Bana
この人、わたしがいた頃は英語曲のカバーばっかりやってた上に「全身整形の若作りオバはん」という印象ばかりが残り、わたしの中ではキワ者扱いだったのだけど。こうしてまじめに聴いてみると、意外といいっすね。ドラマチックな盛り上げ方がうまい。

Nilüfer -Tutsak
反対にこの人はクリップだけでぼーっと聴いているといいような気がしてたんだけど、まじめに聴いてみると、音の微妙なぶれ加減がなんか気に障る。

Zerrin Özer -Hep Bana
好きな人いたら大変申し訳ないのでありますが、声といい曲といいビジュアルといい、なんでこういう人が存在しうるのか、ずーーっと理解できないでいるんですが。当アルバムに収められてる曲もまた「…ねえ何で?何でこんなの入ってるわけ?」と、さらに疑問が深まるばかりであります。まあこういう人が存在して長持ちしているというところがトルコ音楽界の奥深さである、とでも思っておきましょうか。

Hüsnü Şenlendirici -Yalnızca Sitem
…で、↑のZerrinさんとこで嫌になって止めてしまうあおりで、ほとんどかからない気の毒な一曲なのであった。ちなみにインストゥルメンタルです。
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↑よい。苦しうない(謎)
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