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12 23
2006

その他もろもろ

携帯鳴ったら切腹

chushingura文楽「通し狂言 仮名手本忠臣蔵」みてきました。

一瞬「え?文楽で忠臣蔵?」などと思ったのですが、よく考えたら忠臣蔵ってもともとは人形浄瑠璃だったのですよね。今では歌舞伎のイメージのほうが強いですが。

昼の部と夜の部があって両方見たかったけどその財力はないので夜の部のみ。昼の部で「殿中でござる」→切腹というので、「じゃあ夜の部で討ち入りね」と早合点して夜の部のチケットを買ったのですが、実は今回は討ち入りまではいかないのでした。

討ち入りじゃなくて何だったかというと、浪士のひとり勘平とその女房おかるの話が中心。討ち入りのために資金が欲しい勘平のために、おかるの両親は、勘平にナイショで、なーんとおかるを遊女屋に売ってしまうのであった。ところがおかるの父は金を持って帰る途中で強盗に遭い命を落とす。そこへ猪を追いかけていた勘平がまちがえて強盗を撃つ。で、なんやかやとあって自分が撃ち殺したのは舅殿だったと勘違いした勘平は腹を切る。
祇園一力茶屋でただの酔っぱらいオヤジと化している大星由良助(大石内蔵助)。それは敵を欺くためで、密書が届くと人目がないのを見計らって読み始める。ところが、2階にいた遊女おかると床下にいた敵の間者がそれを盗み読んでいるのであった。おかるの視力は6.0か---?

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12 21
2006

キャーズム・コユンジュ

Kazım Koyuncu ~Hayde

ハマってます。こんなにハマるのもご本尊様以来かもだ。

passeggeriダークなジャケですが、中身はケマンチェの音色もにぎやかな黒海民謡ロック風味、てなとこ。
民謡ロックというところがまずポイントで、かつトルコの中でも黒海方面の音はとくに気に入っていたから、Tulumba.comで試聴した時点で「うは、これツボど真ん中」と思っていたのだけど。
実際にCDを手に入れて聴いてみると、この人の声、なんとも心地よい。くわえてアコースティックギターと民族楽器が中心の電力控えめなアレンジのおかげで飽きが来ない。きれいなハーモニーや威勢のよいかけ声を聴かせてくれるバックコーラスもよい。
で、2ヶ月近くこればっか(笑)

ただ残念なのは、この人、すでに故人であるということ。
去年の6月に肺癌で死去。享年33歳。
闘病中だから↑のようなジャケになったのかと思ったけど、リリースが2004年4月で、癌が見つかったのはその年の暮れだから、そういうわけではないらしい。

グルジアとの国境に近い黒海沿岸の町Hopaの生まれ。黒海訛りのトルコ語のほか、ラズ語やメグレル語(注1)、ヘムシン語(注2)の民謡を歌う。グルジア語の歌もある。
一部ではあろうが熱狂的に支持されていたらしいことは、葬儀や追悼イベントの映像をみればわかる。若者たちが横断幕やプラカードを掲げ、拳を突き上げる様はほとんど政治集会である。

(注1)グルジア語と同系の、南コーカサス語族に属する言語。ラズ語は主にトルコ国内のグルジアとの国境地帯で、メグレル語は主にグルジア国内で話される。両言語をひとつの言語とし、それぞれを方言とみなす立場もある。
(注2)アルメニア語の一方言とみなしていいらしい。黒海地方にはヘムシン人というアルメニア系の人々がいて、Koyuncuの出身地Hopaにもヘムシン人の村がある。

12 17
2006

音楽(いろいろ)

アトランティック・レコード

夕刊を眺めていてふと目に入った死亡記事。

 アーメット・アーティガンさん(米アトランティック・レコード創設者)

アーメットってもしやAhmetですかい?と思って記事を読み進めてみたらば、

 トルコのイスタンブール生まれ。外交官の父親が駐米大使に就任したのに伴って米国に移った

ほほう。トルコ人だったのか。そんな人いたなんて知らなかった。
で、姓のほうの「アーティガン」て何。と思って調べたらErtegünだった。なるほど、英語読みすればそうなるのね。

詳しい紹介を見つけたので貼っておきます。
いやー、面白い人だ。↓

http://www3.ocn.ne.jp/~zip2000/ahmet-ertegun.htm

アトランティックといえば中高生のころに夢中だったDaryl Hall & John Oatesの初期のアルバムがそうだった。
あと今ウチにあるものをチラとチェックしたら、ジャズ関係でちょこちょこ持ってる。あとブルース・ブラザーズのサントラがアトランティックだ。枚数で言うとBlue Noteには全然負けてるが結構世話になっているのだ。ありがたいトルコ人である。

ちなみに死因は、

 ローリング・ストーンズのコンサートの際に倒れて頭を打ち、昏睡状態が続いていた

享年83歳。倒れた状況は詳しくわからないけど、偉大な音楽を支え続けた人生の、最後に見たものがローリングストーンズのライブだったというならば、なかなか素敵な逝きかただ、と思うのは不謹慎だろうか。
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プロフィール

e子

Author:e子
九州産北海道民


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